同じ地点に、まるで違う速さで着いた――。カブスのピート・クロウ=アームストロング(PCA)が9月24日(日本時間25日)の本拠地マーリンズ戦で今季40個目の盗塁を決め、40本塁打40盗塁に到達した。159試合目での到達で、史上7人目。中堅を主戦場にした達成者はこれが初めてで、翌25日のレッドソックス戦でも1個を加え、45本塁打41盗塁まで伸ばした。2年前に大谷翔平がひとりで踏み込んだ50本塁打50盗塁との距離は、歴代を並べたときにひとつの数字へ集まった。
9月初旬の時点で、24歳の今季は総合貢献度でも投げなかった一年の大谷を超えていた。当サイトは8月22日と9月3日の2度、両者のfWARを並べてPCAが上回っていると書いた。当サイトが9月3日に参照した時点で、PCAの打者としてのfWARは9.32。大谷が50-50を達成した2024年の通年8.9を、3週間以上を残した時点で抜いていた。守備でも今季のOAA26は規定に到達した270人の頂点で、2位に2つの差。打って走って守る、という尺度をひとつに束ねるなら、上に来るのはPCAのほうだ。
126試合目と、159試合目
それでも50-50が遠い理由は、同じ40-40への到達日を並べるだけで見えた。大谷が2024年に40号と40個目の盗塁を記録したのは、8月23日のレイズ戦。126試合目に、同じ試合で両方へ届いた。 一方のPCAが40個目を盗んだのは159試合目で、その差は33試合。大谷はそこからさらに24試合を使い、9月19日に50-50を完成させた。
つまり大谷が50-50を決めた150試合目の時点で、PCAはまだ40-40に届いていない。片方が記録を積み増す時間として使った1か月を、もう片方は記録にたどり着く時間として使った。到達点は同じでも、そこまでに費やした試合数が33違った。
崖は1位と2位のあいだにある
40-40も50-50も、決めるのは本塁打と盗塁の“少ないほう”だ。そこで“少ないほう”を歴代で並べてみる。当サイトの整理であって既存の指標ではなく、価値の物差しでもない。本塁打1本と盗塁1個の値打ちは等しくないので、この並びは到達点の順であって貢献度の順ではない。アクーニャの73盗塁のように、多いほうの数字はこの並びで消えた。
| 年 | 選手 | 成績 | 少ないほう | 盗塁成功率(参考) | 主な守備位置 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2024 | 大谷翔平 | 54本59盗塁 | 54 | 93.7% | DH |
| 1998 | A・ロドリゲス | 42本46盗塁 | 42 | 78.0% | 遊撃 |
| 2026 | クロウ=アームストロング | 45本41盗塁 | 41 | 85.4% | 中堅 |
| 2023 | アクーニャJr. | 41本73盗塁 | 41 | 83.9% | 右翼 |
| 2006 | ソリアーノ | 46本41盗塁 | 41 | 70.7% | 左翼 |
| 1996 | ボンズ | 42本40盗塁 | 40 | 85.1% | 左翼 |
| 1988 | カンセコ | 42本40盗塁 | 40 | 71.4% | 右翼 |
1901年以降で、少ないほうが30に届いたシーズンは82回あった。その82回を上から並べても、2位から下はしばらく1つか2つずつしか動かない。42、41、41、41、40、40、39と続き、20番目でも36。ところが1位だけが54。2位とのあいだに、ぽっかり12の空白――。2位と20位の差が6しかない並びのなかで、崖はメンバーの内側ではなく、1位と2位のあいだに1本だけ立っていた。
もっとも、数の大きさとは別に中身の差もあった。大谷の59盗塁は失敗が4個で、成功率は93.7%。走者が盗塁を試みるときの損益分岐は、一般におおむね成功率70〜75%とされてきた。成功すれば1つ先の塁を得る一方、失敗すればアウトと走者を同時に失うためで、この線を下回った走者は、走らないほうが得点期待値は高かった。
その物差しを当てると、40-40の7人は同じ顔をしていない。カンセコの1988年は40盗塁に対して失敗16個で成功率71.4%、ソリアーノの2006年は41盗塁に失敗17個で70.7%。どちらも分岐点すれすれで、走った分がどれだけ得点を押し上げたかは心もとない。PCAの85.4%とボンズの85.1%はそこを明確に上回り、アクーニャは83.9%。そして大谷だけが93.7%と、ひとつ外側にいた。“少ないほう”が最も大きく、かつ最も損をしていない。
記録は、丸い数字のあるところにしか立たない
それでも、PCAの今季が小さくなるわけではない。守備でMLBの頂点に立ちながら40-40へ届いた選手は、この7人にひとりもいなかった。総合貢献度でも大谷の2024年を上回った。にもかかわらず、記録の名前として残るのは50-50のほうだ。
理由は選手の優劣ではない。記録の作られ方のほうだ。節目は2つの軸が交わるところにしか立たない。本塁打と盗塁は数える単位が揃っているので、30-30、40-40、50-50という“丸い数字”を積み上げられた。ところが守備には、そうやって並べられる丸い数字が存在しない。OAA26は270人の1位でも、40や50のような区切りを持たない。だからPCAの守備は、記録の形では残らない。
大谷が2024年にやってのけたのは、この“丸い数字”の最も高いところへ、ひとりだけ届いたという事実だ。しかもその年の大谷は右肘の手術明けで、159試合すべてを指名打者として出場し、守備機会はゼロ。投げる負担がなかったぶん、打撃と走塁に一年を振れた。同時に、打って走ることしかできない状態であれだけを積み上げた一年でもあった。
到達したのは150試合目、9月19日のマーリンズ戦だった。6打数6安打、3本塁打、10打点、2盗塁。1試合で17塁打を稼ぎ、50と50を同じ日にまたいだ。ただしこの1試合で増えた本塁打は3本にすぎず、差し引いても少ないほうは51で2位を9上回っていた。崖は、最後の1日で立ったわけではない。
ただし、PCAの今季もまだ終わっていない。残り1試合。2個盗めば少ないほうは43に達し、1998年のA・ロドリゲスを抜いて歴代2位に単独で立つ。それでも、1位との差は11。
この記事の数字について
- 成績は MLB Stats API(レギュラーシーズン=gameType=R)から取得した。基準は米国時間2026年9月25日終了時点。PCAは9月25日がダブルヘッダーで、41個目の盗塁は160試合目、この日の第2試合を終えて161試合を消化しており、9月27日に今季最終戦を残している。
- 40本塁打40盗塁の該当者は、1876年から2026年までの全151シーズンを、本塁打順と盗塁順の2通りで走査して抽出した。両方の走査で同一の7人が得られている。1900年以前に40本塁打へ到達した打者は存在しないため、本文では年の下限を置かずに「史上7人目」とした。
- ニグロリーグ(1920〜1948年)は、MLB Stats API でシーズン全体を一括走査できなかったため集計から外した。MLBは2020年に同リーグをメジャーリーグと認定しているため、本記事の「史上7人」はアメリカン、ナショナル、フェデラルの3リーグを対象とした集計になる。なお同リーグは1シーズンが50〜80試合規模で、40本塁打に到達した打者は確認されていない。
- 「少ないほう」は各シーズンの本塁打数と盗塁数のうち小さい値を指す。30以上が82シーズンという集計は、全選手(投手を含む、規定打席の条件なし)を対象としており、9月25日にレッズのデラクルーズが30個目の盗塁を決めて82件目になった。基準日が1日違えば件数も動く。
- 到達試合数は gameType=R のゲームログを日付順に数えた出場試合数で、代打・途中出場も1試合として数えた。両選手ともゲームログの試合数とシーズン成績の出場試合数が一致している。
- 守備のOAA(Outs Above Average)は Baseball Savant のリーダーボードから取得した。2026年の270人は同サイトが規定到達とした人数で、PCAの26は単独1位。2025年のPCAはOAA24で、ボビー・ウィットJr.と1位タイだった。
- fWAR は FanGraphs の数値で、当サイトが2026年8月22日と9月3日に取得したものを参照している。大谷の2024年は通年の確定値、PCAの9.32は9月2日終了時点の途中経過で、9月3日の39号は反映されていない。
- 盗塁の損益分岐が成功率70〜75%前後にあるという記述は、セイバーメトリクスで一般に用いられる目安を指す。年ごとの得点環境によって上下する。
