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ニュース2026-09-26村上宗隆菅野智之大谷翔平本塁打ホワイトソックスロッキーズ日本人対決MLB

村上が菅野から2発 日本人同士の1試合2本は史上2度目

村上が菅野から2発 日本人同士の1試合2本は史上2度目

ホワイトソックスの村上宗隆がロッキーズの菅野智之から1回と7回に本塁打を放った。MLBで日本人打者が日本人投手から1試合2本を打ったのは史上2度目で、1度目に打たれていたのも菅野だった。2025年9月7日、当時オリオールズの菅野が大谷翔平に47号と48号を許している。1876年からの全シーズンを走査すると、日本人打者が日本人投手から打った本塁打は21本しかなく、そのうち6本が菅野から出た。菅野がMLBで投げた1331打席のうち日本人打者との対戦は26打席で全体の2.0%だが、被弾66本に占める割合は9.1%になる。ただしその26打席のうち14打席が大谷と村上で、6本もこの2人しか打っていない。

Baseball Archives 編集部・2026-09-26・データ出典 MLB Stats API

打たれた側に、同じ名前が並んだ。ホワイトソックスの村上宗隆が9月25日(日本時間26日)の本拠地ロッキーズ戦で、先発の菅野智之から1回と7回に本塁打を放った。34号と35号、4打数3安打3打点で、チームは6対1で勝った。MLBで日本人打者が日本人投手から1試合に2本を打ったのは、これが史上2度目だ。ところが1度目に打たれていたのも、菅野だった。

1度目は2025年9月7日。当時オリオールズにいた菅野が、ドジャースの大谷翔平に1回表と3回表で47号と48号を許した。その1年後、リーグも球団も変わった菅野が、今度は別の日本人打者に同じ形で2本を浴びた。“日本人対決”で1試合2本という場面は、150年のMLB史でこの2度しかない。

21本のうち、6本

日本人打者が日本人投手から本塁打を打った例そのものが、そもそも多くない。1876年以降のすべてのシーズンを数えても21本しかない。最初は2004年6月19日、ヤンキースの松井秀喜がドジャースの野茂英雄から打った12号だった。以降はイチローが石井一久と小林雅英から、城島健司が井川慶から、岩村明憲が松坂大輔から、福留孝介が川上憲伸から1本ずつ。2019年以降は大谷が11本を占め、残りを吉田正尚と鈴木誠也、そして今回の村上が分けた。

ところが、その21本を投げた側で数え直すと、最も多いのが菅野の6本。次が菊池雄星の4本で、ほかの11投手はいずれも1本ずつ。菅野がMLBで投げたのは2025年と2026年の2年だけなので、6本はその2年に集中した。

日付 打者 号数 球種 飛距離
2025-09-07 大谷翔平 47号 シンカー 125.3m
2025-09-07 大谷翔平 48号 フォーシーム 121.6m
2026-05-27 大谷翔平 9号 フォーシーム 129.2m
2026-08-17 大谷翔平 28号 カッター 130.5m
2026-09-25 村上宗隆 34号 スライダー 117.7m
2026-09-25 村上宗隆 35号 シンカー 125.6m

菅野が2年で投げた対戦打席は1331。うち日本人打者との対戦は26打席で、全体の2.0%にあたる。ところが浴びた66本のうち6本が日本人から出ており、こちらは9.1%。ただしこの26打席には、相手が5人しかいない。

6本は、2人からしか出ていない

打席あたりに直すと、日本人以外には21.8打席に1本、日本人には4.3打席に1本。5倍の開きだが、26打席で投手の傾向は測れない。内訳を開くと、偏りの正体はもっと単純だった。

大谷が11打席で11打数7安打4本塁打、打率.636。村上が3打席で3打数2安打2本塁打、打率.667。6本はこの2人だけが打っていて、残る3人は12打席で1安打しかない。 鈴木誠也が5打席で0安打、吉田正尚が5打席で1安打、岡本和真が2打席で0安打。日本人だから打たれているのではない。26打席のうち14打席が、大谷と村上の2人で埋まっている。相手の国籍ではなく、誰と当たったかの数字――。

ただし菅野が一発を浴びる頻度は、相手が日本人かどうかとは別のところで決まっている。2025年はオリオールズで157回33本、2026年はロッキーズで154回1/3を投げて33本。9イニングあたりに直すと1.89本と1.92本で、リーグも球場も変わったのにほとんど動いていない。26打席の偏りは、その土台の上に乗った数字だ。

138キロのスライダーと、150キロのシンカー

村上の2本は、打った球がまるで違った。1回、2ボール2ストライクから来た時速138キロのスライダーを右翼へ運んで34号。打球速度166.2キロ、角度37度、飛距離117.7メートル。7回は1ボールから時速150キロのシンカーを左中間へ運んで35号で、打球速度176.1キロ、角度30度、飛距離125.6メートル。遅い変化球と速い直球系を、1試合で両方スタンドに入れた。あいだの4回は、見逃し三振に倒れた。

これで村上は125試合で35本塁打。打率.209、77打点、OPS.834という内訳で、本塁打だけが突出した“いびつな1年”だった。日本人の1年目としては、同期の岡本和真が154試合33本なので、2本リードして最多の位置に戻った。しかも菅野との対戦は、この日が初めて。初対戦の3打席で、2本だった。

一方の菅野は、ロッキーズでの1年目がこれで29登板12勝12敗、防御率5.37。12勝はチーム最多で、先発陣では2位に6勝の差。36歳のメジャー2年目が、メジャーでの自己最多を更新した。そして“日本人対決”の21本のうち、6本が2026年に出ている。150年でたまった数の3割近くが、この1年に集まった――。

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