8月30日、デトロイトのコメリカ・パーク。ドジャースの大谷翔平は1番・指名打者で出場し、5打数無安打に終わった。初回のゴロ、3回のライナー、5回の空振り三振、7回のゴロ、そして9回は見逃し三振。チームは6対1で勝ったが、その6点に大谷は絡んでいない。
最後にアーチを架けたのは8月18日である。そこから10試合、40打数5安打で打率.125。打点はゼロ。長打は二塁打と三塁打が1本ずつだけで、三振は15を数える。
昨季55本、一昨季54本。今季も131試合で30本と、メジャー全体で10位につけている打者の話である。折しも投手としての復帰は白紙になったばかりで、ロバーツ監督は「腕や膝も含めて、全体的に状態が上向いてきていない」と話している。体の状態と結びつけて語られやすい局面である。
ところが1球ごとの計測データを開くと、話はまったく違う方向に行く。
バットは、むしろ速く振れている
Statcastは1スイングごとにバットの速さを測っている。8月18日までの大谷は平均時速120.1キロ。8月19日以降は121.5キロで、1.4キロ速くなっている。落ちているどころではない。
スイングして空を切る割合は30.7パーセントから31.0パーセント。ボール球に手を出す割合にいたっては30.6パーセントから28.7パーセントへ、こちらも減っている。振る力も、選ぶ目も、落ちていない。
最も強く弾き返した打球は時速182キロ。今季の最速は184キロだから、8月19日以降も、ほぼ最大出力の打球を1本は打っている。出力そのものが落ちているという説明は、この数字とかみ合わない。
消えたのは、1種類の打球だけ
変わったのは、打球の中身である。
Statcastは1つひとつの打球を、速度と角度の組み合わせで6種類に分類する。そのうち最も価値が高いものが「バレル」と呼ばれる。おおむね時速157キロ以上で、角度も本塁打になりやすい範囲に収まった打球のことだ。
今季の大谷が打った354本の打球のうち、バレルは57本。そして、その57本のうち30本、実に52.6パーセントが本塁打になっている。バレルを1本打てば、2本に1本以上の確率でスタンドまで届く計算だ。
もう一方の数字のほうが決定的である。バレルではなかった297本の打球から、大谷の本塁打は1本も出ていない。
| 打球数 | 本塁打 | |
|---|---|---|
| バレルだった打球 | 57 | 30 |
| バレルでなかった打球 | 297 | 0 |
そのバレル率が、8月18日までの16.9パーセントから4.5パーセントへ落ちた。直近の22打球で出たバレルはたった1本。8月25日、時速165キロ・角度29度の当たりで、これは三塁打になった。
本塁打が止まったのではない。本塁打になる打球そのものが、出ていない。
ボールの上を、叩いている
ではバレルはどこへ消えたのか。同じ分類表の、別の欄に移っていた。
Statcastが「上を叩いた打球」に分類した割合が、28.9パーセントから54.5パーセントへ跳ね上がっている。打球のおよそ2本に1本が、ボールの上っ面を叩いた当たり。平均打球角度は13.1度から4.3度へ下がり、ゴロの割合は41.0パーセントから54.5パーセントに増えた。
この水準がどれだけ異常か。Statcastに記録のある試合日を10日付ずつの区間に区切って116通り並べると、8月18日から29日までの直近区間が53.8パーセントで、今季の最悪値になる。中央値は29.3パーセントだから、ほぼ倍である。
バットが通る軌道の角度は、8月19日以降も11.7度あった。8月18日までの12.5度からほとんど動いていない。それなのに、実際に飛んだ打球の角度は4.3度である。バットは上向きに出ているのに、打球はその7度下を行っている。バットとボールの縦の合わせが、下にずれている。
Statcastが測るミートポイントも動いた。打者の位置からボールを捉えた地点までの距離は、8月18日までの65.0センチから62.5センチへ。2.5センチぶん、体に近いところで当てている。
相手の球は、今季屈指の速さだった
外に原因を探すなら、いちばん目につくのは相手の球速だ。
8月18日までの大谷は、投げられた速球1077球のうち時速156キロ以上を195球、率にして18.1パーセント浴びていた。8月19日以降は速球94球のうち46球。割合は48.9パーセントで、5球に1球が2球に1球になった。
| 速球 | 156キロ以上 | その割合 | |
|---|---|---|---|
| 〜8月18日 | 1077球 | 195球 | 18.1% |
| 8月19日〜 | 94球 | 46球 | 48.9% |
直近の10日付区間の相手速球の平均は時速155キロで、今季116区間のうち3番目に速い。相手を並べれば理由もわかる。パイレーツのジャレッド・ジョーンズが平均160キロ、同じくバッバ・チャンドラーが160キロ、ブレーブスのクリス・セールが158キロ。この期間に投げ込まれた最速は、8月22日にアントワン・ケリーが記録した165キロである。
そして大谷は、今季を通じて速い球ほどバレルを打てていない。速球への打球186本を球速で分けると、バレル率はきれいに一方向へ落ちていく。
| 速球の球速 | 打球数 | バレル率 | 上を叩いた率 |
|---|---|---|---|
| 150キロ未満 | 63 | 23.8% | 27.0% |
| 150〜153キロ | 47 | 21.3% | 23.4% |
| 153〜156キロ | 45 | 15.6% | 35.6% |
| 156キロ以上 | 31 | 12.9% | 51.6% |
156キロ以上になると、バレル率は最も遅い帯の半分近くまで下がる。上を叩く割合のほうは最初の2行が逆行しているが、153キロを超えたところから跳ね上がり、最速帯では51.6パーセントに達する。
実際、8月19日以降に速球を打ち返した13本の平均打球速度は時速145キロだった。8月18日までは153キロである。速球にだけ、強い当たりが出ていない。
説明としては、きれいにつながって見える。
それでも、速さでは説明しきれない
しかし、この仮説には都合の悪い事実が2つある。
1つめ。5月30日から6月10日までの区間、大谷が浴びた速球のうち156キロ以上は48.5パーセントだった。いまとほぼ同じ割合である。ところがその期間の「上を叩いた率」は22.6パーセントで、8月18日までの28.9パーセントよりさらに低い。バレル率は12.9パーセントと平常時からは落ちていたものの、本塁打は2本出ている。同じ速さの球を浴びながら、6月の大谷は上を叩いていなかった。
2つめは計算で確かめられる。直近22本の打球を、どんな球種のどんな球速を打ったかで分類し、それぞれに8月18日までの区分別バレル率を当てはめてみる。出てくる期待値は16.8パーセント、本数にして3.7本だ。8月18日までの実績16.9パーセントと、ほとんど変わらない。
| バレル率 | |
|---|---|
| 8月18日までの実績 | 16.9% |
| 直近22打球の球種構成から期待される値 | 16.8% |
| 直近22打球の実際 | 4.5% |
相手の球が速くなったことは事実である。だが実際に打球になった22本の中身だけを見れば、バレルが12ポイント消える理由にはならない。速い球は増えた。しかし減ったバレルのほとんどは、その増加では説明が付かない。
残るのは大谷自身の側である。ただし、力に関わる計測値はどれも正常だった。バットの速さも、空振り率も、選球も。打球の中身のほかに動いているのは、追い込まれる打席の割合が51.8パーセントから68.1パーセントへ増えたことと、三振の割合が23.0パーセントから31.9パーセントへ上がったことである。どちらも「当たる場所が下にずれている」ことの結果としても説明できてしまう。
材料だけ、並べておく
ここで、記事の冒頭に戻る。
ロバーツ監督は8月29日、大谷の投手復帰を白紙に戻すと明かしたうえで、「腕や膝も含めて、全体的に状態が上向いてきていない」と語っている。左膝と右腕の状態が理由だった。監督は打撃不振との関係については否定している。
当サイトが持っているのは計測値だけで、体の中は測れない。そのうえで、ここまでに出てきた数字を並べ直すとこうなる。
- バットを振る力は落ちていない。 速さはむしろ1.4キロ上がり、空振り率も選球も動いていない
- バットが通る軌道も、ほとんど変わっていない。 12.5度から11.7度
- それなのに、打球はその軌道の7度下を飛んでいる
- 捉える位置が2.5センチ、体に近づいた
腕を振る力は無事で、変わったのはボールとバットを縦にどう合わせるか、そしてどこで捉えるか——という並びになる。これが下半身の話と結びつくのかどうかは、この記事の数字からは決められない。監督の説明とも一致しない。
言えるのは、消えたのが「力」ではなく「合わせ」だということまでである。
22本の打球
ここまでの数字には、はっきりした限界がある。8月19日以降の打球は22本しかない。バレル率が4.5パーセントということは、1本出るか出ないかで数字が5ポイント動くということだ。1本多ければ9.1パーセントになる。
ミートポイントも同じである。6月14日から26日にかけての区間、大谷は57.3センチの地点で捉えていた。いまの62.5センチより、さらに5センチ手前だ。それでもその区間でバレルは18.2パーセント出て、本塁打は3本生まれている。同じ区間の「上を叩いた率」は50.0パーセントで、いまとほとんど変わらない。上を叩く打球が増えること自体は、この打者に何度も起きている。今回はそこにバレルの消失が重なった。
わかっているのは3つだけである。バットは同じ速さで振れている。打球はバットの軌道より7度下を飛んでいる。そして本塁打を生む唯一の打球が、22本のうち1本しか出ていない。
シーズンは残り25試合。この10試合が単なる22本ぶんのばらつきだったのか、それとも9月に持ち越されるものなのか。答えは、次のカードで出はじめる。
この記事の数字について
- 打席成績はMLB Stats APIから取得した2026年8月30日終了時点のもの。レギュラーシーズンのみを対象とし、ポストシーズンは含まない。8月18日までと8月19日以降に分けた打席数・打数・安打・三振・四球は、合計がシーズン成績(582打席・493打数・138安打・138三振・77四球)と一致することを確認している。なお本文の「10試合」の期間はドジャースも10試合を戦っており、大谷は1試合も欠場していない。
- ロバーツ監督の発言と、投手復帰が白紙になった経緯は報道によるもので、当サイトが取材したものではない。監督は左膝と右腕の状態を理由に挙げ、打撃不振との関係は否定している。当サイトが持っているのは計測値だけで、体の状態そのものは測っていない。
- 1球ごとの計測値はBaseball Savantの2026年レギュラーシーズンのデータ(2250球)で、収録は8月29日までである。8月30日のタイガース戦の5打席は、Stats API側の記録に基づいて記述しており、Statcastの集計には含まれていない。したがって「8月19日以降」の打球22本・投球187球は9試合分、打席成績の10試合40打数5安打は10試合分にあたる。
- 「バレル」はStatcastが打球を速度と角度で6分類したうちの最上位(launch_speed_angle=6)を指す。今季の大谷のバレルは最も遅いもので時速157キロだった。「上を叩いた打球」は同じ分類の2番目(topped)である。
- 「10日付ずつの区間116通り」は、Statcastに記録のある試合日を古い順に並べ、連続する10日付を1区間として端から数えたもの。区間どうしは重なっており、独立した標本ではない。この区切りでの直近区間は8月18日から29日までで、本文の「8月19日以降」とは1日ぶん範囲が異なる。
- 速球は4シーム、シンカー、カッターの3球種をまとめたもの。球速はリリース時の値である。
- 期待バレル率は、直近22本の打球を球種と球速帯(速球は150キロ未満/150〜153/153〜156/156キロ以上、ほかに変化球とオフスピード)で分類し、8月18日までの同じ区分ごとのバレル率を掛けて合算したもの。母数が22本と小さいため、参考値である。
- スイングの速さ、バットが通る軌道の角度、ミートポイントは、Statcastのバットトラッキングによる計測値(bat_speed、attack_angle、intercept_ball_minus_batter_pos_y)。8月18日までは927スイング、8月19日以降は85スイングが対象。ミートポイントは打者の立ち位置を基準にした前後距離で、値が大きいほど前で捉えたことを示す。
- スイングの速さだけは、Baseball Savant のサイト表示と同じ「競争的スイング」基準で算出した(最も遅い約1割を除いた平均)。全スイングの単純平均だと8月18日まで117.4キロ・8月19日以降117.5キロとなり、Savantのページに出ている数字(今季120.2キロ)と食い違う。バットが通る軌道の角度も同じ理由でSavant表示値とは差が出るが、こちらは期間の比較に使っているだけなので生の平均のままとした。
- 単位はマイル毎時とインチをキロメートル毎時とセンチメートルに換算して表記した(1マイル=1.609344キロ、1インチ=2.54センチ)。
