記録を作った球と、スタンドへ運ばれた球は、同じ1種類だった――。ドジャースの山本由伸は9月15日(日本時間16日)の敵地レッズ戦に先発し、7回1安打無失点、91球で7奪三振、14勝目。今季27先発179回での被打率.180とWHIP0.87は、野茂英雄が海を渡った1995年以降、日本人投手が140回以上を投げた60シーズンでどちらも最少。被打率の2位は1995年の野茂、3位は去年の山本自身で、日本人の上位3つのうち2つをこの2年の山本が占めている。ところが防御率は2.51で規定到達48人の6位どまり、その落差を作っているのは、去年より投げる数を3割減らした球のほうだった。
初回に連続四球で走者を背負ったあとは、最後に対した22人のうち21人がアウト。その走者を出さない投球を支えてきたのも、今季の失点の形を決めてきたのも、同じ1種類の球だった。
その球がフォーシームだった。Baseball Savant の1球ごとのデータで数えると、2025年の982球に対して今季は690球。全投球に占める割合は35.2%から26.9%へ8ポイント下がり、打球にされた数も118本から90本へ減少。ところが、この球で打たれた本塁打だけが2本から8本へ増えた。
フォーシーム以外から打たれた本塁打は、逆に12本から11本へ減った。今季の被本塁打は全部で19本で、去年は14本だった。全体では5本しか増えていないが、それはフォーシームの6本増を、ほかの球種の1本減が打ち消しているからだった。
投げる数を減らして、失う数だけが4倍。日本人の歴代記録を書き換えた投球のなかで、ここだけが逆を向いていた。
もっとも、球そのものが劣化したわけではない。平均球速は時速153.5キロから154.6キロへ上がり、回転数も2200回転から2249回転へ伸びた。Statcastは1球ごとに「縦の変化量」を計測している。重力だけで落ちる場合を基準に、そこからどれだけ浮き上がったかを示す数字で、値が大きいほどホップ、小さいほど素直な軌道。山本のフォーシームは40.6センチから40.9センチとほとんど動かず、むしろスイングに対する空振り率は19.2%から29.2%へ10ポイント上がっていた。速く、回り、より空を切らせている球が、去年の4倍スタンドへ運ばれた。
フライの割合は変わらず、1本あたりの速さだけが変わった
打球の中身を開くと、変わらなかったものと変わったものがはっきり分かれた。フォーシームを打たれた打球のうち、角度25度から50度の“フライ”が占める割合は33.1%から33.3%。実数はむしろ39本から30本へ減った。それでも、フライ1本が本塁打になる割合は5.1%から26.7%へ跳ね上がっている。差が出たのは数ではなく、1本あたりの速さのほうだった。フライの平均打球速度が、時速143.4キロから150.5キロへ、7キロぶん速い。
では、その速いフライはどこを通った球から出たのか。フォーシームが通った高さで3つに割ると、低め(地面から約67センチ未満)は去年339球で1本、今季200球で1本。高め(約85センチ以上)も去年327球で1本、今季297球で1本と、どちらも1本ずつのまま動いていない。
変わったのは、その間だけ。去年316球を投げて1本も打たれなかった67〜85センチの帯が、今季は193球で6本。この帯で上がったフライ14本のうち6本が柵を越え、平均打球速度も時速155.9キロ。高めの142.0キロを14キロ上回る。穴は上にも下にもなく、その間にだけ開いていた。
もっとも、真ん中の高さで打たれた打球を全部ならすと、逆の絵が出る。平均打球速度は時速148.8キロから143.1キロへ下がり、時速95マイル(約152.9キロ)以上で弾き返された割合も50.0%から46.3%へ減った。この高さの球は、全体としては去年より弱く打ち返されている。それでも、上がった打球だけを取り出すと、去年の時速142.1キロから155.9キロへ、約14キロ速くなった。弱く詰まった打球と、強いフライ。同じ高さへの対応が、去年より両側へ開いた。
ただし、「真ん中の高さは打たれる」という一般則にしてしまうと、事実から遠い。今季140回以上を投げた6投手に同じ集計をかけると、フライが本塁打になる割合は低め11.8%、真ん中14.3%、高め13.4%。どの高さでもほとんど変わらない。真ん中のフライの平均打球速度も時速145.2キロで、突出したところはない。
山本のこの帯は、上がった14本のうち6本で42.9%、打球速度も時速155.9キロと、6投手の145.2キロを10キロ以上上回る。真ん中の高さが誰にとっても危ないのではなく、去年の山本にも今季の6投手のだれにも出ていない数字が、ここにだけ立っていた。
狙いは上、結果は“真ん中の高さ”…本人も「すごく悔しかった」
6日前の9月9日(日本時間10日)、山本は本拠地レッズ戦で7回3安打1失点、10奪三振で13勝目を挙げた。ロバーツ監督は試合後に「全部が機能していた」と語り、救援陣を助けた投球を「非常に大きい」と評したと、スポニチアネックスが伝えている。その日の唯一の失点が、4回1死からのエリー・デラクルスへの一発だった。打たれた瞬間に山本が声をあげたことも、同紙が伝えている。
その1球は、初球の時速156.8キロのフォーシームだった。地面から77.6センチ、左打席の内角側。6本が集まった67〜85センチの帯に、ちょうど収まる高さだった。打球速度は時速171.7キロ、飛距離122.8メートルでバックスクリーンへ運ばれ、デラクルスにとっては5試合連続の本塁打になった。
試合後、山本はこう話している。「インハイのストレートを投げたかったんですけど、ちょっとこう、インコース真ん中の高さに入ってしまって仕留められましたけど、すごく悔しかったですね」。続けて「高めに吹き上がるようなボールを投げたかったんですけど、ちょっと低めに行ってしまった」とも語っている。狙いは上、結果は“真ん中の高さ”。
計測値がコースの高さで示していた穴を、投げた本人が同じ言葉で説明していた。193球から6本という数え方と、マウンドの上で本人が感じ取った場所。別々の筋が、同じ帯を指している。
“抜けきらない”1球の代償が、去年と変わった
フォーシームの使い方そのものが、1年で上へ動いた。平均の高さは地面から77.7センチから81.6センチへ上がり、91.4センチ以上の“吹き上がる”帯に投げた割合は25.7%から32.6%へ増えた。一方でストライクゾーンに収まった割合は61.0%から56.2%へ下がった。それでも真ん中の高さを通った球そのものは、316球から193球へ減っている。増えたのは抜けきらない球の数ではなく、その1球が柵を越える割合のほうだった。
さらに、四球を減らした投球がここへ重なった。与四球は59個から41個へ減った。今季の被本塁打19本のうち10本は、打者に1つもストライクを与えていないカウントから打たれたもの。去年は14本中4本だった。フォーシームの8本に限っても、6本が0ストライクからの被弾で、うち3本は初球だった。1球で仕留めにいった球ほど、狙いから外れたときの代償は大きい。
もっとも、そう言い切れる母数ではない。真ん中の高さのフライは14本しかなく、1本増減するだけで割合は7ポイント動く。フォーシームの被本塁打8本も、1年前の2本も、一桁でしかない。それでも、投げる数を3割減らした球から被本塁打が4倍になり、その8本のうち6本が去年ゼロだった1か所に集まった。そこへ本人の言葉が重なった。計測値と本人の説明という別々の筋が同じ帯を指していることのほうは動かない。
去年は「歴代3位の被打率と、フォーシームでの2本の被弾」。今季は「歴代1位の被打率と、同じ球での8本の被弾」。被打率.180もWHIP0.87も1995年以降の60シーズンで最少で、被打率の2位は野茂英雄の1995年、3位は山本自身の去年、WHIPの2位はダルビッシュ有の2022年だった。それでいて防御率だけが去年の2.49から2.51へほとんど動いていない。減らしたのは走者、増えたのは一発。抜けきらない球の問題なのか。上を狙う投球そのものの代償なのか。それとも、193球で6本という数のいたずらなのか――。
原因を1つに絞ることはできない。ただ、走者を出す形と点を失う形を、同じ物差しで見ていられる段階ではなくなった。
ドジャースは92勝59敗でポストシーズン進出を決めており、地区優勝へのマジックは1。山本に残された先発は、ローテーション通りなら残り11試合のうち2回ほどで、被打率.180もWHIP0.87も、その2回で動く数字にすぎない。問いは「山本は今季いちばん抑えているのか」ではなく、「その1本をどこへ置くのか」へ移りつつある。
「やっぱりこう、より緊張感のある試合が、10月はやってくるので」。9月9日の登板後、山本自身がそう話していた。1点で決まる試合でこそ、走者を出さない投球の値打ちは大きい。一方で、その1点が“真ん中の高さ”の1球から入る試合も、10月には来るはずだ。残る登板で見るべきは勝ち星でも防御率でもなく、平均81.6センチまで上がったフォーシームが、あの67〜85センチの帯を越えて上まで届くかどうか。10月のこの投手にどこまで託せるのかを決めるのは、ドジャースのほうだった。
この記事の数字について
- 成績はすべて MLB Stats API から取得した2026年9月15日(日本時間16日)終了時点のもの。レギュラーシーズンのみを対象とし、ポストシーズンは含まない(
gameType=R)。シーズンは継続中で、記事中の数字はいずれも今後動く。「残り2回ほど」はドジャースの残り11試合とローテーションからの推定で、球団の発表によるものではない。 - 「日本人投手の60シーズン」は、MLBで1シーズン140回以上を投げたことがある日本人投手18人について MLB Stats API の年度別成績(
yearByYear)を1人ずつ取得し、該当するシーズンをすべて抽出したもの。日本人のMLB投手自体は40人以上いるが、残りは救援中心で140回に届いていない。シーズン途中の移籍による合算行を二重に数えないよう、アメリカン・リーグまたはナショナル・リーグの行だけを対象とした。該当する最も古いシーズンは1995年の野茂英雄。被打率の上位3つは山本由伸の2026年.180、野茂英雄の1995年.182、山本由伸の2025年.183。WHIPの上位2つは山本由伸の2026年0.87、ダルビッシュ有の2022年0.95。 - 投球回の下限を140回に置いたのは、短縮シーズンだった2020年を同じ土俵に乗せられないため。下限を下げると比較が成立しない。
- MLB内の順位(被打率3位、WHIP2位、防御率6位)は、2026年の規定投球回に到達した48投手の中での順位。
- 山本の今季成績は27先発179回、14勝8敗、防御率2.51、WHIP0.87、178奪三振、41与四球、被本塁打19。2025年は173回2/3、12勝8敗、防御率2.49、WHIP0.99、201奪三振、59与四球、被本塁打14。対戦打者は682人と684人でほぼ同数。
- 球種別の被本塁打は、2025年がスプリット5本・カッター3本・シンカー2本・フォーシーム2本・スライダー1本・カーブ1本の計14本。2026年がフォーシーム8本・スプリット6本・シンカー2本・カッター2本・カーブ1本の計19本。フォーシーム以外は12本から11本。
- 球種の割合、コースの高さ、球速、回転数、縦の変化量、空振り率、打球速度、打球角度は Baseball Savant の1球ごとのデータ(
statcast_search)から集計した。レギュラーシーズンのみに絞っており(hfGT=R)、オープン戦は含まない。フォーシームの球数は2025年982球、2026年690球。 - 「縦の変化量」は Statcast の
pfx_zで、重力だけで落下する場合を基準にした浮き上がり量。総落下量ではない。 - 「フライ」は打球角度25度から50度の打球と定義した。フォーシームのフライは2025年39本、2026年30本。
- フォーシームをコースの高さ(
plate_z)で3つに割った境界は、2.2フィート(約67センチ)と2.8フィート(約85センチ)。本文でセンチに丸めているため、67センチ・85センチちょうどで切ると数球ぶんずれる。内訳は、2025年が低め339球・被本塁打1本、真ん中316球・0本(フライ17本、フライの平均打球速度は時速142.1キロ)、高め327球・1本。2026年が低め200球・1本(フライ5本、時速154.1キロ)、真ん中193球・6本(フライ14本、時速155.9キロ)、高め297球・1本(フライ11本、時速142.0キロ)。低めのフライも速いが、2026年は5本しか上がっていない。真ん中の帯は母数が小さく、1本の増減で割合が大きく動く。 - 空振り率はスイングに対する空振りの割合。スイングは空振り・ファウル・打球・ファウルチップ・空振りバントを、空振りは空振り・ファウルチップ・空振りバントを数えた。高めの帯の空振り率は27.0%から37.1%。
- 比較に使った6投手は、2026年に140回以上を投げた投手のうちミシオロウスキー、シース、シュリットラー、ギルバート、スクバル、ウィーラーで、MLB全体の平均ではない。6投手を合計したフォーシームは、低めが1374球・フライ34本、真ん中が1879球・フライ105本、高めが3371球・フライ112本。本文の割合は山本と同じ「フライのうち本塁打になった本数」で、低め4本(11.8%)、真ん中15本(14.3%)、高め15本(13.4%)。帯ごとの被本塁打の総数はフライ以外からの一発を含むため別の数字になり(低め10本・真ん中20本・高め20本)、山本に使った割合とは分母も分子も違う。真ん中の帯の1人あたりのフライ本塁打率は4.3%から36.4%に散らばっており、山本の42.9%を超えた投手はいない。
- 「0ストライクから打たれた本塁打」は、その打席で打者に1つもストライクを与えていないカウントで打たれたもの。2025年は14本中4本、2026年は19本中10本。フォーシームの8本の内訳は0ボール0ストライクが3本、2ボール0ストライクが2本、1ボール0ストライクが1本、0ボール2ストライクが1本、3ボール2ストライクが1本。
- 球速・打球速度はマイルから、コースの高さと変化量はフィートおよびインチから換算しており、原データの単位は本文には出していない。飛距離もフィートからの換算。
- 山本由伸とロバーツ監督の発言、打たれた瞬間に山本が声をあげたこと、打球がバックスクリーンへ飛んだことは、スポニチアネックス(2026年9月10日配信)の報道によるもので、当サイトが取材したものではない。引用は記事の一部にとどめている。
- 9月15日の試合経過(初回の連続四球、最後に対した22人のうち21人をアウトにしたこと)は Dodgers Digest(2026年9月15日配信)の試合記事によるもの。
