崩れていたのは、球そのものではなかった――。メッツの千賀滉大は9月16日(日本時間)の本拠地オリオールズ戦で1点リードの9回を任され、1死からピート・アロンソに同点本塁打を浴びた。守護神に座って8度目の機会で、初めての失敗。今季はここまで29試合で0勝9敗7セーブ、防御率7.05。2023年に12勝と202奪三振でメジャー1年目を投げ抜いた右腕が、4年目の9月に入ってなお勝ち星をひとつも持っていない。ただ、打席をひとつずつ数え直すと、球威の衰えとはまったく別の線が浮かんだ。
その0勝9敗は、今季のメジャーで千賀だけが持っている。2026年に1試合以上登板した投手は855人。未勝利のまま9敗しているのはこの右腕ひとりで、次に多いゲイブリエル・ヒューズが0勝8敗だった。日本人投手61人の全シーズンを走査しても、未勝利で9敗した例はない。これまで最も多かったのは佐々木主浩の2001年で、0勝4敗ながら45セーブを挙げていた。勝ち星の欄が空いたまま敗戦だけが二桁に近づく投手は、記録のうえでも居場所がない。
ところが、その9敗のうち7つは6月までについていた。開幕からの7先発で6つ、6月28日の救援で1つ。この7先発だけを取れば0勝6敗、防御率10.08。6月24日(日本時間25日)、メッツは千賀を先発ローテーションから外した。
ブルペンへ移してすぐ直ったわけではない。7月18日までの救援5試合は、6月28日の5回を筆頭に4試合が複数イニングにまたがり、13回を投げて防御率6.23。7月末には一度だけ先発にも戻している。数字がはっきり動いたのは、8月4日を境に登板が1イニングで収まるようになってからだった。10日のブレーブス戦でメジャー初セーブを挙げ、8月4日以降の16試合は15回1/3で自責点4、防御率2.35。先発8試合の9.66と並べると、同じ年の同じ投手が残した数字とは思えない。
打者が2度目に立ったとき、三振が半分になっていた
その落差がどこで生まれていたのかは、先発8試合の596球を打線の巡り目で割り直すと見えてきた。打者と初めて顔を合わせた1巡目は72打席。千賀は31.9%(23/72)を三振に打ち取り、本塁打は3本に抑えていた。ところが同じ打者が2度目に立った2巡目の65打席では、三振が16.9%(11/65)へ15.0ポイント落ち、本塁打は6本へ増えた。スイングに対する空振りも32.1%(43/134)から19.8%(22/111)へ12.3ポイント落ちた。ゾーンの外に手を出させた割合も27.7%(44/159)から22.1%(29/131)へ5.6ポイント落ちている。“2巡目の壁”は、三振と一発の両方に同じ向きで出ていた。
もっとも、2巡目に成績が落ちること自体は、どの先発投手にも起きた。そこで、同じやり方で2026年の日本人先発3人を数えてみた。山本由伸は29.4%(72/245)から25.2%(61/242)へ4.2ポイント。今永昇太は28.2%(74/262)から24.9%(64/257)へ3.3ポイント。佐々木朗希は25.5%(53/208)から19.8%(41/207)へ5.7ポイント。3人とも同じ向きに落ちているが、最も大きい佐々木でも5.7ポイントにとどまった。千賀の15.0ポイントは、その2.6倍。特異なのは落ちることではなく、落ち方の大きさのほう。
そして、1イニングだけ投げるいまの千賀は、その“1巡目の千賀”とほとんど同じ位置にいた。8月4日以降の16試合で対戦した63打者のうち、三振に打ち取ったのは20人。割合にして31.7%(20/63)。先発時代の1巡目の31.9%とは0.2ポイントしか違わない。四球の割合も先発時の16.0%(24/150)から9.5%(6/63)へ、6.5ポイント減った。1イニングだけ投げる起用は、崩れる前の千賀だけを“切り出す”形になっている。
7つあった持ち球が、2つで9割に
切り出しは、投げる球のほうにも表れた。先発8試合では4シーム・フォーク・カッターを軸に7球種を使っていたが、8月4日以降の249球は4シーム57.4%(143/249)とフォーク34.5%(86/249)の2つだけで92.0%(229/249)を占める。カッターは8球しか残っていない。4シームの平均も先発時の154.6キロから155.6キロへ上がり、最も速い1球は、先発時の最速159.6キロを上回る161.4キロ。そして絞った効果がいちばん出たのが、そのフォークだった。スイングされた42球のうち、26球が空振り。61.9%(26/42)は、先発1巡目の48.1%(13/27)をも上回る高さ。
その2球種で締めた回が、1週間前にあった。9月9日(日本時間)のマーリンズ戦では、3点リードの9回に4シームを二塁打2本で捉えられ1点を失った。ところが、そこから最後の10球をすべてフォークで通し、2三振で締めている。アンディ・グリーン暫定監督はこの判断を「相手が直球をうまく捉えていると認識すると、フォークボールに切り替え、それを10球連続で投げて勝負した」と振り返り、「それはまさに試合を読む力だ」と評した(THE DIGEST、9月11日)。
ただし、63打者・249球という母数で結論を固めることはできない。1イニングだけ投げれば数字がよくなること自体は、救援に回った投手について一般に言われてきた。8月4日以降の被本塁打も2本あった。そのうち1本が、9月16日の同点弾。それでも、先発時の1巡目と救援時の三振率が0.2ポイントの差で重なり、フォークの空振り率が両方で高く出た事実は残る。別々に数えた2つの区間が、同じ場所に着地している。
13球のフォークと、ゾーンに入った2球
その9月16日、千賀は9回に17球を投げ、うち13球がフォークだった。ストライクゾーンに入ったのは、そのうち2球だけ。残りの11球はすべてゾーンの外へ落として振らせにいった。最後の2打者からは9球で5つの空振りを奪い、連続三振で締めている。同点弾になったのは、そのゾーンに入った2球のうちの1球だった。2ボール0ストライクから投じた132.8キロのフォークが、ゾーン下段の真ん中に残った。アロンソはこれを、打球速度176.4キロ、飛距離126.2メートルで左中間へ運んだ。試合はメッツが延長11回に5-7で落としている。ゾーンの外へ落とした11球が空振りを5つ生み、ゾーンに入った2球のうち1球が一発になった。それでも、崩れていたのは球のほうではなかった。
故障で離脱中の守護神デビン・ウィリアムズは、千賀の投球を「これ以上、何を望むというのか」と評した。「ブルペンの終盤にいて欲しい」と、来季の起用にまで踏み込んでいる(ベースボールチャンネル、9月15日)。ところが、当の千賀は先発への復帰を望んでいる。グリーン暫定監督も「千賀はとても率直に、先発したいと話している」と明かしている。そのうえで「チームが本当に必要としている役割に移り、そこで力を発揮するために犠牲を払っている姿勢は素晴らしい」と続けた。周囲が評価しているのは、本人が望んでいない場所での働きぶり。
開幕からの7先発は「打線が2巡したところで崩れた」。回またぎで投げた6月末からの救援は「6.23でまだ崩れていた」。そして1イニング限定になってからは「セーブ機会を7度守り、8度目に落とした」。手札を2つに減らしたから戻ったのか。対戦が1巡で終わるから戻ったのか。それとも、その両方なのか――。
もっとも、1イニング限定の数字が翌年の先発を保証するわけではない。ただ、4シームの平均球速を前年より2.2キロ上げていた投手が、先発8試合では0勝7敗・防御率9.66に沈んだ。それが、9回の1イニングに絞ってから2.35に戻っている。「なぜ打たれるのか」を問う段階は、もう過ぎている。問いは「どこが悪いのか」から、「どちらの持ち場で使うのか」へ移った。
メッツは69勝82敗でポストシーズン進出が消え、残りは11試合。0勝9敗という数字は、この11試合ではもう動かないかもしれない。来季もう一度先発に戻して2巡目を試すのか。9回だけを任せて“1巡目の千賀”を切り出しつづけるのか。今季の9.66と2.35は、その二択を分けるための材料。33歳をどこに置くかを決めるのは、来季もチームのほうだ。
この記事の数字について
- 成績はすべて MLB Stats API から取得した2026年9月15日(米国時間)終了時点のもの。レギュラーシーズンのみを対象とし、ポストシーズンは含まない。試合日は米国時間で表記した。ただし本文で「(日本時間)」と付した9月16日・9月9日の2試合だけは日本時間で、それぞれ米国時間の9月15日・9月8日にあたる。
- 千賀の2026年の内訳は、先発8試合が31回2/3・自責点34で防御率9.66、救援21試合が28回1/3・自責点13で防御率4.13、1イニング限定の起用に切り替わった8月4日以降の16試合が15回1/3・自責点4で防御率2.35。通算は29試合・60回・自責点47で7.05。先発8試合には、ブルペン転向後に一度だけ戻った7月31日のマーリンズ戦を含む。
- 「0勝6敗、防御率10.08」は、配置転換が発表された6月24日(日本時間25日)までの7先発・27回2/3・自責点31による。当時の報道にある数字と一致する。
- 「未勝利のまま9敗は855人でただひとり」は、2026年にメジャーで1試合以上登板した投手全員の成績を Stats API から取得し、勝利数0で抽出したもの。0勝5敗以上は千賀を含めて6人で、千賀の次に敗戦が多いのはゲイブリエル・ヒューズの0勝8敗。
- 「日本人投手61人」は、1964年から2026年までの各シーズンのメジャー登録選手から、出生国が日本で守備位置が投手の選手を抽出した61人。その全シーズンの成績を走査し、勝利数0で敗戦が最も多いシーズンを探した。佐々木主浩の2001年は69試合・66回2/3で0勝4敗45セーブ、防御率3.24。次いで小宮山悟の2002年、マイケル中村の2004年、高橋尚成の2012年がいずれも0勝3敗だった。
- 1球ごとの計測値は Baseball Savant の2026年レギュラーシーズン(
hfGT=R)のデータを集計した。投球時計違反などによる自動ボール・自動ストライクを除いた投球数は、先発8試合が596球、8月4日以降が249球。2025年は22先発1902球で、4シームの平均は152.4キロ、フォークは132.8キロ。2026年の先発8試合ではそれぞれ154.6キロと133.6キロ(4シームの最速は159.6キロ)で、本文の「前年より2.2キロ上げていた」は4シームの差を指す。スイングに占める空振りの割合も2025年の25.5%(220/863)に対し、2026年の先発8試合は27.1%(73/269)だった。 - 打線の巡り目は、各試合で同じ打者と何度目の対戦かを打席の順に数えたもの。打席の結果(三振・本塁打・四球)は Stats API のプレーバイプレーから数えた。Savant の1球データは打席の区切り方が Stats API とまれに食い違うため、打席単位の集計には使っていない(千賀の先発8試合では両者が一致した)。先発8試合の対戦打者150人の内訳は1巡目72人・2巡目65人・3巡目13人で、Stats API の対戦打者数と一致する。三振・本塁打・四球の合計も Stats API の38・9・24とそれぞれ一致した。1球単位の空振り率とゾーン外スイング率は Savant の1球データから同じ手順で巡り目に割り当てたもので、打席数は1巡目72・2巡目65と Stats API 側と一致している。
- 「7月18日までの救援5試合は13回を投げて防御率6.23」は、6月28日・7月3日・7月7日・7月10日・7月18日の5試合(13回・自責点9)による。このうち4試合が複数イニングで、最長は6月28日の5回。8月4日以降の16試合は、8月23日の0回1/3を除いてすべて1イニングで、16試合中15試合が9回の登板だった。
- 打線の巡り目の3巡目は13打席しかなく、三振率は30.8%(4/13)と1巡目に近い。母数が小さいため本文では触れていない。
- 8月4日以降に残った球種は5種類で、4シーム143球・フォーク86球のほかにスイーパー9球・カッター8球・シンカー3球がある。本文で挙げたカッターの8球は、先発時に20.0%(119/596)を占めていた球がほぼ消えたことを示すためのもの。
- 三振の割合は対戦打者に占める三振の割合。三振併殺(strikeout_double_play)も三振に数えている。K/9は走者を出すほど水増しされるため、この記事では使っていない。
- 空振り率はスイングに占める空振りの割合。スイングは空振り・ファウル(バントファウルを除く)・打球・ファウルチップ・空振りバントを数え、空振りは空振り・捕手が止めきれなかった空振り(
swinging_strike_blocked)・空振りバントを数えた。ファウルチップはバットに当たっているためスイングには数えるが、空振りには含めない。「ゾーンの外に手を出させた割合」はゾーン外に投じた球のうちスイングされた割合。 - 較正に使った山本由伸・今永昇太・佐々木朗希の巡り目別の三振率は、千賀と同じ手順で2026年の全先発から集計した。1巡目→2巡目は山本が29.4%(72/245)→25.2%(61/242)、今永が28.2%(74/262)→24.9%(64/257)、佐々木が25.5%(53/208)→19.8%(41/207)。3人とも巡り目別の三振の合計が、Stats API の9月15日(米国時間)終了時点の奪三振(178・156・117)と一致する。今永だけは同16日にもう1先発しており、シーズン合計は164になる。比較したのは3投手にすぎず、球団・球場・対戦相手はそろえていない。
- フォークの空振り率は、1巡目がスイング27球に対し空振り13球、8月4日以降がスイング42球に対し26球と、いずれも母数が小さい。1球の増減で2〜4ポイント動く。
- 9月16日(日本時間)の9回に投じた17球の内訳は、フォーク13球・4シーム4球。フォーク13球のうちストライクゾーン(ゾーン1〜9)に入ったのは2球で、被本塁打はそのうちゾーン8(下段中央)の1球。同点本塁打はアロンソの今季36号で、カウントは2ボール0ストライクだった。
- 9月9日(日本時間)のマーリンズ戦の「最後の10球すべてフォーク」は、Savant の1球データで確認した。この回の投球は19球で、10球目から19球目までの10球がフォークにあたる。
- グリーン暫定監督の発言は THE DIGEST(9月11日配信、原典は米紙 New York Post)、デビン・ウィリアムズの発言はベースボールチャンネル(9月15日配信、原典は SNY)の報道によるもので、当サイトが取材したものではない。いずれも原文の一部を引用した。
- メッツの69勝82敗とワイルドカード13ゲーム差は、Stats API の順位表から9月15日(米国時間)終了時点で取得した。151試合を消化しており、残りは11試合。
- 球種構成の変化は、当サイトが8月18日(日本時間)に公開した記事でも扱っている。その時点の「速球とフォークで88.0%」は8月4日から16日までの5登板75球によるもので、本文の92.0%は8月4日から9月15日(米国時間)までの249球による。区間が違うため数字も異なる。
- マイルはキロ、フィートはメートルに換算した(1マイル=1.609344キロ、1フィート=0.3048メートル)。投球回はMLB表記の小数を3分の1単位に直している。
- 「手札を減らしたことと、対戦が1巡で終わることの、どちらが効いているのか」は本文でも断定していない。当サイトが持っているのは計測値だけで、両者を切り分ける検証はしていない。
